ランス・アームストロングのドーピング問題

 ここに新聞記事のコピーがある。1999年8月6日(金)の読売新聞P.16、「1/2からの生還 奇跡の英雄」と題した記事の内容はこうだ。


『 ニューヨーク・マンハッタンの大型スポーツショップに特設された会見場。詰めかけた客たちは割れるような拍手と歓声で”奇跡のヒーロー”を出迎えた。
 「これはハリウッド映画でも、ディズニー映画でもない。真実のストーリーだ。」27歳の自転車選手の言葉には一片の誇張もない。ジュニア時代から国内で注目され、1993年に世界ロードレース選手権を制覇、96年にはツール・ド・フランスでステージ優勝も経験した彼が睾丸がんと診断されたのは、その年の10月。すでに腹部、肺、脳に転移、医師からは「生存率50%」と宣告された。2度の手術で一命を取りとめた。その後の3ヶ月にわたる化学療法で十数個もあった腫瘍は奇跡的に消滅した。
 だが、周囲からレース復帰は無理と判断された。当時所属していた仏チーム(注:コフィディス)からは契約を打ち切られた。でも、競技から離れている間に人生そのものについて思いを巡らした。そして彼はレースに復帰することを決めた。元選手としてではなく、元がん患者として。
 「競技に対する僕のモチベーションの50%は医師や看護婦、患者たち、がんと戦う人々のためだ。がんからカムバックした者が以前よりも、やれるってことを証明したかった。25%は僕自身、そして家族、友人、スポンサーのため。そして最後の25%は僕のことを信じないで、見放した人々を見返すためだ。(中略)
 ツール・ド・フランスは3週間で約3670kmを走破する。8日目に首位に立った彼は、その後一度もトップを譲ることなく走り抜けた。(注:初日のプロローグでも優勝している)ゴールで待っていた母と、昨年結婚したクリスティンさんに囲まれたランスはしみじみと言った。「本格復帰から2年。長い道のりだった。でも、僕のレースを見た患者たちに言いたい。もし、人生において2度目のチャンスがあるなら、きっとやり抜くんだ」
 レース後、初めてがんの調査、研究のための「ランス・アームストロング基金」設立を明らかにした。彼が元がん患者として復帰した直後からプロジェクトは進んでいたのだという。スポンサーから2万5000ドルの寄付を受け取ったランスは改めて語った。
 「僕が行きのびることが出来たのは運動選手だったから?生きたいと思ったから?それは分からない。ただ、ただ、自分を信じるしかないんだ。僕は一人でも多くの人を勇気づけたい。僕が一番誇りに思うことは、がんからの生還者であることだから」
 会場は再び割れるような拍手に包まれた。』
(ニューヨーク支局 太田 朋男、注:びんちゃん)


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 何と感動的で劇的な物語だろうか。好きな自転車選手は大勢いるが、その中でも上位に位置していたことは間違いない。その後ランス・アームストロングはツール・ド・フランスにおいて前人未到の7連覇(1999〜2005)を達成して引退、2009年現役復するも帰翌年再び引退する。
 しかし2010年元同僚選手のフロイド・ランディスが、ランスがドーピングを行っていたことを証言した。このときはまさか、っという感じ( ̄ー ̄?)。しかし2012年、全米アンチドーピング機関(USADA)がランスのドーピング違反の判定を下し、ツール・ド・フランス7連覇を含む1998年8月以降のすべての記録を抹消し、ランスに対して永久追放の処分を決定した。( ̄▽ ̄;)!!ガーン



 Jsportsでもランスの事件を含め、今までのドーピング事件やこの問題が自転車競技全体に与える影響等について話し合われた。
 去年の暮れにはランスを非難する発言や擁護する発言があちこちから上がったけど、
今月半ばついに自らドーピングを認めた。
インタビュー番組も放送された。
でも疑問は解消されない。

 一体彼はなぜそこまでしてして勝ちたかったんだろうねえ。彼の生存率は実は50%よりもっと低かったとも言われている。そんな死の淵から這い上がってきた男が、なぜドーピングに手を染めてしまったのだろうか。彼を救った医師や看護師たち、そして勇気づけられた多くのがん患者たちはこのニュースをどう見ているのだろうか。また、多くの自転車競技のファンたちはどうだろうか。UCI(国際自転車競技連盟)との関係も疑われているし、まだ分からないことだらけだ。

Livestrong_wristband.jpg LIVESTRONGのリストバンド、昔アメリカから直輸入したっけなあ。LIVESTRONGのロゴが入ったその他のアパレル製品等も買ったっけ。この問題お前はどう思うかって?「失望」その二文字だけだ((((_ _|||))))。
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秋田駒ヶ岳(1454mまで)

 1月の三連休の中で1回は山に行きたかった。天気予報と家族の予定をにらみ、成人の日の14日に秋田駒ヶ岳へGo!アルパコマクサから8合目までの分かりやすく長いコースは、シーズン初めの山行にぴったりなのだ。天気は薄曇りで風は無し。山頂まで行けるかと思ったんだけどなあ・・・o(゚ー゚*o)(o*゚ー゚)o

  珍しく早く家を出て(っと言っても5時半)7:50アルパを出発。曇っているが山ははっきり見える。ふくらはぎ位までの雪をひたすら一人ラッセル。結構つらい。後続のお客さんが二人いるけどなかなか追いつかない。結局片倉沢のチョイ下まで延々一人ラッセル。で、ここで用を足しているとアラッ!ようやく追いついた後続の一人は、高体連でお世話になったM男先生でした。午前中に帰るとの事で8合目まで行かずにお別れした。

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 もう一方に先行してもらい後を行く。今度はかなり楽チンだがこの方結構遅いんでやっぱり自分が前に出ちゃう。今日持ってきたカメラはNEX-5、このカメラ、ホワイト・バランスがどうも変。オートにしたり曇天にしたりいじって撮ってみた。

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 今日は北の方ほど天気が良かったみたい。振り返ると森吉山がくっきりだ。

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 さらに目を転じると岩木山までくっきりだ。でも標準ズームの限界、トリミングで画質落ちてます。

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 11:10、3時間20分かけて8合目の小屋に到着。

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 雪は意外と少ない。無理すりゃ下から入れそうだ。これは意外!

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 小屋でゆっくりと昼食。今日のメニューは女房特性のいなり寿司とショウガ入り豚汁。いなり寿司はびんちゃんの為に作ったのではなく、昨夜の長男の誕生祝い(13歳)の余り物なのだ。

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 昼食後に外に出ると天気が変わっていた。もう山はうっすらとしか見えない。とりあえず行けるところまでと思い、ザックを置いて山頂方面に歩き出す。下と違い歩きやすい斜面だ。男女岳の北東斜面がかろうじて分かる。

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 強くはないが、風と雪が前方から吹き付ける。GPSの高度計は1,454m、今日はここまで。エビの尻尾で凍り付いた木にカメラを置いて、リモコンでシャッターを切る。ふと気がつくとカメラのISO感度が最大感度になっていた。おかげでさっきからこんなに荒い写真。( ̄□ ̄;)!!どうもボタンがちっちゃくて使いにくいのよねえ。手袋したまま変なとこ触ってしまったようだ。
 あと1時間早けりゃ山頂へ行けたかなあ・・・(ーヘー;)


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12月の発電量レポート&これまでのデータ分析

 先日太陽光発電ユーザー支援サイト「SOLAR CLINIC」に登録しました。このサイトには全国各地の3678件のソーラー発電所が登録されています。このうち秋田県内では18件の登録がありました。(少ね〜なあ)皆さん「〇〇発電所」って名前をつけてるんで、びんちゃんは「Needy power plant」と名前をつけました。バンドルのびんちゃんの「びん」は貧乏神の「貧」なのと、住んでいる地区名の「仁井田」をかけて「Needy(貧乏な)power plant(発電所)」と、これまた自虐的なネーミング。ヾ(・ω・o) ォィォィ
名称未設定
 今月からはデータを今までの見苦しい写真から上記のような形式に変更しました。発電量は去年や過去二年の平均よりも上回っていますが、それにも増して消費量・買電量が多くなっています。これはこの寒さのせいなので致し方ないでしょう。さて、年間の発電量は2011年が5833kwhに対して2012年は6176kwhと343kwhも増加しました。これは2月1ヶ月の発電量を上回る電力量ですから大きいです。

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 それでは月毎の発電量をグラフで見てみましょう。2012年は多くの月で2011年の発電量を上回っています。特に8〜9月の発電量の多さが効いているようです。ちなみにスタートは2010年11月26日です。

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 次に年毎の電気購入量を見てみましょう。我家はオール電化住宅ですので、時間帯別電灯A(やりくりナイト8)の契約ですので、これを色分けしてグラフにしました。家を新築したのが2005年の12月下旬です。2006年から2010年までの使用量はほぼ一定または微増といったところでしょうか。ところが、太陽光発電が本格化した2011年からは当然昼間の電気購入量が大きく減っています。

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 それを月毎に見てみましょう。太陽光発電を導入する前後二年間を比較してみました。導入前(2009と2010)と導入後(2011と2012)では春から秋(3〜11月)の9ヶ月間は購入量が少ないですね。最小値は2011年7月の326kwhでした。ちなみに最大値はグラフにはありませんが2008年1月の2827kwh、電気代は54,251円(|||ノ`□´)でした。ちなみに、このグラフは東北電力の検針データ(毎月10〜11日頃)を使っているので、他の月毎のデータとは10日ほどずれがあります。

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 さて、最後にこれまでの年間電気料金の比較です。差を強調するようにグラフの縦軸の値をとってあります。前のグラフで、年間電気購入量は最初の5年間はあまり変りありませんでしたが、電気料金は2008年から急に上がっています。これは電気料金改定の影響と思われます。太陽光発電導入後の2011年からは、当然ながら電気料金がガクッと下がっています。それでは、発電によって自家消費した電気料はどれくらいでしょうか。電気料金の計算の仕方は上記東北電力サイトにある通り複雑ですので簡単に計算できません。よって2008〜2010年までの3年間の平均電気料(A)と2011年〜2012年まで2年間の平均電気料(B)を比較し、この差額が発電によって浮いた電気料と考えましょう。
        (A) - (B) = 295,068 - 251,848 = 43,220 円
さらに今年の東北電力への売上げ金額は 195,840 円 ですので、合計 239,060円 の収入と見てよいでしょう。設備投資には260万円ほどかかっているので、元を取るのにあと10年以上はかかるでしょうねえ。(ーΩー )ウゥーン


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プロフィール

びんちゃん

Author:びんちゃん
山と自転車と写真が大好き。
本荘山の会 サンデーライダーズ所属
好きな山:鳥海山、焼石岳、栗駒山
秋田駒ヶ岳etc.
高3、小6、小4の三児の父親、中島みゆきファン歴4年。気がつけば50半ば、仕事と家事に追われ、山や自転車から遠ざかり気味なのが悩み。
05年自宅を新築、ヒートポンプ式全館床暖・エコキュートを導入、10年11月、太陽光発電装置設置、SANYO HIT-B205J01×28=5.74kw
尊敬する人物:アインシュタイン、R.P.ファインマン(物理学者)

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